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【日本歯科新聞】 さじかげん【番外編】「味わう語らう生きる」

鰐淵 正機 
(和田精密歯研常務取締役)

 昨年末に今のこの事態を誰が想像しただろう。

 同時に、世の中が「感染症対策に口腔衛生が大きな役割を果たす」という情報に接する機会も多くなった。歯科医療の重要性が世の中にクローズアップされるとともに、歯科技工士が造る補綴物も口腔衛生を十分に意識した品質の維持を要求されることになるだろう。

 義歯にしてもクラウンにしても、しっかり咬めて食べられる補綴物の基本は普遍のものだ。適合や形態といった、ある種プロフェッショナルな技術領域がCAD作業に置き換わりつつある時代。歯科技工士にとって最新テクノロジーだけに気を取られ過ぎず臨床的見地も学ぶバランスが必要だ。どう造るかも重要だが、誰のための補綴物なのかはもっと大事である。 

 北海道の空知といえば雪深い地域だが、かつてこの地でご尊老の院長先生から幼い頃の体験談を聞いたことがある。
しばれる夜に馬橇で引かれて着いた先で父が診た老婆は驚くことに亡くなった夫の入れ歯を使っていた。歯ぐきに刺さるように食い込んだクラスプを除去する治療だったと。おそらく70年も前の話だろうが、残された妻にとって夫の入れ歯は形見ではなく生きる道具だったのだ。

 現代の日本において歯科医療の地域格差や情報格差など無いだろう。しかし補綴物はそれを使う人ごとに事情がある。その人が味わって語って笑って生きていく中で、歯科技工士がそのお手伝いが出来るかどうかが仕事のゴールなのかもしれない。

 今回の感染症を乗り越えたとき、世の中の意識が大きく変わるだろうと思う。自分の健康には何が必要かを患者の立場から判断するようになるかもしれない。

 その時、あらためて歯科医療の大切を理解して欲しいと願う。
(W/W)

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