鰐淵 正機
(和田精密歯研 常務取締役)
「ベテラン」という言葉はあらゆる分野で用いられるが、歯科技工でいえば経験年数よりも症例数に当てはめる方が妥当と考える。私共のラボでは自分が担当する一つの分野で1万本達成が最初の目安となっている。試しに中堅社員の一人に今までにCADでデザインした本数を聞いてみたら、ざっと5万本という答えが返ってきた。
歯科技工は義歯から歯冠修復までさまざまな分野に及ぶため、それら全てを修得するには単純に考えても20年以上はかかる計算になる。
このほど金属床で高名な川島哲氏が「創義歯の時代Denture Designerへの道 T.K.Desing 三角理論」を上梓され、ご本人にお会いする貴重な機会に恵まれた。画像や記録を残しておくことの大切さを学ぶ内容だが、本書の執筆には7年以上かけたという。学会発表や業界誌に投稿される方はもちろんのこと、歯科技工士にとって自分が得意とする分野での実績数は経験を裏付ける重要な情報となるはずだ。
掲載された豊富な臨床例もさることながら大先輩から学ぶのは「歯科技工士としてのコミュニケーション術」であったことも興味が尽きない。業界事情に精通し、一流の嗅覚で未来を予想し、人の心理を考慮しながら主治医や患者をサポートするという大ベテランの奥義がそこにあった。20代半ばのごろ、川島氏の講演を聴講したが、ラボを訪ねたのは今回が初めて。やはり名のある方とは実際に会ってみるものである。
本書冒頭に「患者さん想いの生命維持装置」と「心の歯科技工学」という言葉が登場する。日本の超高齢社会を見据えていると話されていたが、私共は同様の意味で「口福」という言葉を掲げている。
川島氏が長い時間をかけて築き上げてきた歯科技工の理念に、深い共感を覚えるひとときとなった。
(W/W)