昨今、無償AIは基本的に文章ベースで、学生や社会人がよく使うのが「文章作成」だと思います。
AIが簡単に論文や報告書を作ってくれると労力は減りますが、そもそも何のために文章で情報交換するのかを考えざるを得ません。
文章の報告書で何がどこまで伝わるのか? 業績に貢献しているのか? 社会に出るとAIが担うことを、学校で教育する意味は?
こう考えるとAIやコンピューターを使う以前に、「そもそも必要な作業か」を問いたくなります。
さまざまな作業をコンピューター化する際にも、同じ議論がありました。
現場の要望を聞き、システム開発会社に伝えると多額の見積もりが上がってきます。
作業や運用方法を見直すことなく、これまで習慣的に行ってきたことをそのままコンピューターシステムに置き換える「必要性」が問われてきました。
AIの普及に伴い、さらに根本的な「その作業はそもそも教育や利益に必要か」が問われ始めているような気がします。
「野菜の自動皮むき器」を購入したが、器械のセットと使用後の洗浄の手間を考えるとナイフでむいた方が実は早いし、
道具に頼ったせいで肉体を退化させてしまった……。
効率化のつもりがかえって持っていた能力を手放してしまってはどうにもなりません。
こんなジョークがあります。
A「俺って本当にバカかもしれない」
B「どうしたんだ?」
A「今日車で30分かけてジムに行って、入り口に一番近い駐車スペースが空くのを30分間も車のなかで待っていたんだ」
B「それがどうした?」
A「車を降りた後、ジムに入ってランニングマシンの上を1時間走るためだよ」
さて、このイマイチなアメリカン風ジョークは誰が作ったのでしょう?
答えはGoogleのAI・Geminiくんでした。こんなことをしていたら冗談を考える頭も錆ついちゃいますよね。
和田 主実




